2010/10/03

ゴッホが最後に見た風景

パリ近郊の街、オーベール=シュル=オワーズに行ってきました。
Auvers-sur-Oise
ゴッホやセザンヌゆかりの街として有名で、
彼らの作品のモデルになった風景が今も点在しています。

駅前

パリ市内から、RERで約1時間ほど。
「ゴッホが死の間際に逗留していた街」として、
さぞかし観光地化されているかと思いきや、
街中、絵画のモデルになった場所にそれを示すプレートがある以外は、
ごく普通の落ち着いた街という印象でした。




落ち着いた街並みでありながら、
一つ一つの家が、
すごく個性的で素敵でした。

もちろん、ゴッホが息を引き取った部屋が今も残されているラヴー亭や、
彼の主治医であり、絵のモデルにもなったガシェ医師の家など、
散策の目玉になる場所もありますし、
なにより、名画が描かれた場所に赴き、そこから景色を眺めると、
画家たちの創造性の源泉に触れているような、不思議な気分になります。


ゴッホ
『オーベールの教会』

セザンヌ
オーヴェール=シュル=オワーズの首吊りの家
(中央やや左の建物)

こうして実際の風景を見てみて思うのは、
画家たちが、目に映る風景を、かなり凝縮して画布に描いているということです。
ゴッホの教会も、セザンヌの首吊りの家も、
まるでそこだけ他とは違う重力が奥に向かって働いているかのような、
あるいは、建物が、狭い穴を無理やりこじ開けて出現してきたかのような、
そんな印象を受けます。
それはきっと、画家の風景に対する集中というか、没入の力強さでもあり、
また同時に、彼らに対する風景の存在感というか、切迫の力強さでもあるのでしょう。
彼らは、ただ事物が「ある」ということを、
まるで異世界の出現といったような、
途轍もない出来事として受け取っているかのようです。

街の静けさと、画家たちの作品の迫力には、
どこか謎めいた符号があるのかもしれません。
何の物音もしない夜明け前の街が、
いつもと異なる表情を垣間見せるように。

しばらく散策していると、
いつの間にか、一匹の黒い犬が、まるで道案内するように前を歩いていました。
その後、パリに戻るために駅に着いて気が付くと、姿が見えなくなってしまったのですが、
もしかしたら、その犬は、
僕たちを絵画の世界から現実の世界に連れ戻してくれたのかもしれません。

異世界への
道案内?


2010/08/15

Rock en Seine 2010

夏真っ盛り、毎年パリ郊外で開催されるロックフェス『Rock en Seine 2010 (link)』に行ってきました。*リンク先はすでに2011年用に変更されています。


グラストンベリーなどの大規模な野外フェスに比べれば、それほど大々的なイベントというわけではありませんが、新進の若手アーティストから、大御所バンドに至るまで、現在のロックシーンの広がりを抑えていて、老若男女楽しめる感じでした。

チケットを購入すると、リストバンドがもらえます。
これがないと入場できません。

このリストバンド、3日間券なのですが、初日に係員に巻いてもらった後は、どんな理由でも外してはいけないことになっています。友達同士で貸し借りし合うことを禁じているのでしょう。けっこうしっかり装着されます。

グッズとして販売されていた長靴。
なかなかの人気でした。

夏真っ盛りと書きましたが、帰還中はむしろ肌寒いような陽気。
大粒の雨が降ることもしばしばで、最終日のオオトリ(Arcade Fire)も、降雨中断の後、アコースティックセットに切り替えて数曲演奏したものの、結局中止のアナウンス。
去年のOASISに引き続いて、最終日には波乱がありました。

会場は3つに分かれていて、大きめのものが2つと、小さめのものが一つ。

小さめの会場ではQuadricolorなどの新人バンドが。

大きめの会場ではビッグネームが。写真はJonsi。

また、ライブだけでなく、アーティストの写真を展示したスペースや、ダンス系のゲームをするコーナーがあったり、出店ではアフリカや南米や日本など世界各国の料理が食べられたり、いろいろな楽しみ方ができるようになっていました。

個人的に面白かったのが、様々なイラストレーターが手掛けた Rock en Seine のチラシを、大きく引き伸ばして並木道に展示していたゾーンでした。
音楽がいろいろな形でインスピレーションになって、イラストという形で作品に結びついていることが、ただ作品を鑑賞して受け流すだけではなく、別の活動に繋げていくようなアクティヴな受け取り方を示しているようで、見ていて飽きませんでした。

このようなポスターが、
並木道の両側にずらりと並べられていました。

荒れ気味だった天気も含めて、なかなか刺激的なフェスでした。

2010/07/15

7月14日の花火。

2010/06/20


W杯、フランス代表がメキシコ代表に負けた日の夜の街かど。

2010/06/06

カメラ、盗み見る視線

ロンドンのテイト・モダン美術館で、
『Exposed』という企画展を観てきました。
Exposed-Voyeurism-Surveillance-Camera

 『晒されたもの、覗き見、監視、カメラ』というタイトルからも分かるように、
写真の本質を「盗み見ること」のうちに見出そうという、いささかショッキングで挑発的なテーマです。



いわゆる「盗撮」は、一般的には、写真という技術を悪用したものであり、
カメラの本質は、盗み見ることなどではなく、
堂々と目の前に広がる風景を写しとることだと思われています。

しかしながら、目の前に広がる風景を写すときに、カメラという人工物の介在が、
すべてのバランスを狂わせてしまうということがしばしば起こります。
特に人物の撮影において、彼や彼女の「自然な」表情を捉えるためには、
非常に高度なテクニックが必要だということは、周知のことでしょう。
目の前の風景を、そのまま「写す」ためには、写している主体であるカメラの存在が、
その風景からできる限り差し引かれなければならないのではないでしょうか。

写真の本質が「自然を写すこと」だとすると、
カメラはできるだけその存在を消さねばならないことになります。
こう考えていくと、写真の本質が「盗み見ること」にあることが分かってきます。

実際、今回の企画展が示す通り、
カメラの発明とほぼ同時期に、盗撮のための道具が発明されています。

この Walker Evans による写真も、
カメラの存在を気付かせないことによって、1930年代のニューヨークの地下鉄に乗る人々の「自然な」表情を捉えています。





さて、「自然な」風景を気付かれずに盗み見たいという欲望は、
秘められた事実を暴きたいという欲望と密接に結びついています。

そこに、ダイアナ妃をはじめとする著名人を執拗に追いまわし、
平均的な市民には手の届かない彼らの生活を隠し撮りする、
パパラッチと呼ばれる人々の行いがあります。
カメラの大衆への普及や新聞等のマスメディアの発達によって、
この傾向は近年ますます強まっていると言えるでしょう。

またこの欲望は、
いわゆるポルノ写真に対する欲望とも関係しているでしょう。
公共の視線からは隠され秘められた「女性の裸体」を写すということは、
写真の持つ「盗み見る」という本質を、
これ以上ないくらいあからさまに示していると言えそうです。

しかし、盗み見る欲望を刺激するのは、
セレブの私生活や女性のヌードばかりではありません。
日本語でも、「怖いもの見たさ」という表現があるように、
恐怖や暴力、死といったものに強く惹きつけられた写真があります。

道端に放置された死体が、発見され、警察に通報され、処理される過程を、
マンションのベランダから「記録」し続けた写真、
火事から逃げるために窓から飛び降り、死亡した女性の写真、
中国での公開処刑のシーン、首つり死体の前での記念撮影、などなど。
この企画展で、最もショッキングなゾーンと言えるでしょう。

戦場から逃れるために走って来る子どもたちを写した写真を見ていると、
被害者たちに手を差し伸べるにはあまりに巨大な災厄の到来を目前にして、
カメラを構えて、それを記録しようとする「視線」は、
真実に目を開いているのか、それとも目を逸らしているのか、
暴力に立ち向かっているのか、ファインダーの奥に逃げ込んでいるのか、
そのどちらでもあるような、どちらでもないような苦しい気分に襲われます。

この企画展の最後には、これまでいろいろな写真を眺めてきた観客たちが、
実は撮影される側にも立たされているのだ、という事実を突き付けるように、
「監視カメラ」のテーマが提示されます。
監視カメラは、その存在を隠すというよりはむしろ誇示することによって、
私たち自身の内側に、「監視する視線」を植え付けていく機構です。
盗み見る欲望と盗み見られる対象は、ここで逆転します。
カメラを構える私たちは、世界から遠ざかり、存在を消そうとしますが、
その一挙手一投足は、監視カメラによって記録され、
私たちは紛れもない世界の一員として、そこに投げ込まれるのです。

この動きは、何かを生産するという創造的な行為が、
それを商品化し、流布させることにすり替わってしまう現代社会の構造と、
どこかで通じ合っているのかもしれません。
盗み見るという行為のうちには、現場から逃れることと、
現場に捉われるということの二重性があるように思います。
逆に考えてみると、カメラという小さな道具は、
監視する権力の片棒を担ぐことであると同時に、
その権力の裏をかいて、
そこから逃れるための突破口を開くことを可能にするのかもしれません。

Henri Cartier-Bresson による、この一枚のスナップショットの上でも、
画面から逃げ去るものを囲い込む視線と、そこから逃れていく視線とが交叉し合いながら、
どこか新しい場所を目指しているような気がします。

2010/06/05


ロンドンの空。


ロンドンの道。

2010/06/02

MCM Expo 2010 in London

ロンドンで行われた、MCM Expo というイベントに行ってきました。
MCM Expo

MCMとは、Movie Comic Media の略で、
要するに、イギリスのオタク少年少女たちが集う祭典です。

チケットを買った後、
会場に入るまでの通路。
コスプレしていない方が浮くくらい、
みんな何かしらのキャラクターになりきっています。




会場内はこんな感じ。
キャラクターグッズを売るゾーンと、
コミックを売るゾーンと、
催し物をするゾーンに分かれています。





トイレや食料品店は会場の外。
出入りは自由。
休憩ゾーンとはいえ、声をかけると、
みんな気さくにポーズをとってくれます。



カップルでの参加も。
こんな衣装だけど、 クールです。









コミックゾーンでは、
作家さんが目の前でイラストを描いています。
マンガより、アメコミの方が人気があるようでした。




パリにも JAPAN Expo という大きなオタクイベントがありますが、
MCM Expo は、規模こそパリよりも小さいとはいえ、
熱気に満ちた独特の雰囲気がありました。

こういったイベントは、参加している人の多くが、
自分でコスプレしたり、イラストを描いたりしている人たちなのが特徴です。
ある作品に感動して、自分も作品を作って、それをみんなで共有する。
とてもシンプルな喜びがあふれているように感じました。

2010/05/22

test

近所の空です。
一時期の寒さを超えて、一転、暑いくらいの日差しが照りつけています。
 
Posted by Picasa

2010/05/20


夏、アンヴァリッド。

2010/02/01

アングレーム国際BDフェスティバル




アングレームで開催された第37回国際バンド・デシネ祭に行ってきました(HP:http://www.bdangouleme.com/)。






アングレームの街を挙げてのお祭りで、各会場間を移動する間にも、こんな風に壁にイラストが描かれていたり、いろいろなお店のショーウインドウにさりげなくバンド・デシネが並べられていたりします。






大きめの通りには、こうして赤い玉がネットで宙に浮かべられていて、ポップな雰囲気を醸し出しています。






ソファーに座ってバンド・デシネを読むことができる場所もありました。





会場では、いろいろな出版社のブースが立ち並び、様々なジャンルの作品が売られています。






鮮やかな色彩で、ひときわ目を引いた『僕の目のなかで(Dans mes yeux)』という作品を購入しました。






作者はこの方、バスチャン・ヴィヴェ(Bastien Vivès)さん。かっこいいですね。マフラーがおしゃれ。
会場では時間によって、購入した作品に直筆の絵とサインを描いてもらえるコーナーがあります。これは、相当うれしい。




テアトルでは、バンド・デシネと音楽の融合みたいな企画をやっていました。
生演奏で音楽が演奏される中、舞台上で書かれたイラストがそのままスクリーンに映し出されていきます。



他にも様々な展示会や企画展があって、とても一日では見て回れないほど。
日本からも『ワンピース』などの作品が参加しています。

マニアにも、そうでない人にも、いろいろな楽しみ方が用意されていて、どっぷりバンド・デシネの世界に浸れるお祭りでした。

2010/01/28

狂騒の外から:アンソール展


オルセー美術館にて、『ジェームズ・アンソール』展が行われています。
(2009年10月20日から2010年2月4日まで)


アンソールと聞くと、左の絵のような、不気味な、でもちょっと滑稽な絵を残した「仮面の画家」を思い出す人も多いかと思います。
でも、そのあまりに漫画的で、ある意味現代的な絵柄を見ていると、彼が1860年に生まれて主要な作品はほぼ20世紀が始まる前に描き終えていたという事実に驚かされます。

19世紀後半と言えば、パリでは「第一回印象派展」が催され、絵画の在り方が劇的に変化していく時期ですが、1880年にブリュッセルの王立アカデミーを辞めた後、故郷のオステンデに戻って、屋根裏部屋にこもり、独自の作風を練りあげていったアンソールは、こういった華やかな動きを外から眺めつつ、何を思ったのでしょうか。


並べられた彼の静物画や風景画を見ていると、そして彼のコメントを読んでいると、アンソールの、パリで一躍有名を馳せている画家たちよりも自分の方がすごいんだ、という強烈な自負を感じます。
また、みんなは馬鹿にするけれど自分の絵は本物なんだ、という孤独な信念も。
左の絵もそうですが、アンソールは意外なほど風景や静物を描いていて、彼独特の漫画的な画風も、突然ひらめいた思いつきなどではなく、伝統的な表現を模索する中で生まれてきたものなんだとつくづく思いました。そして、アンソールの本領は、もしかすると、喧騒を離れて、自然な孤独の中で、事物や風景と対面しているこの瞬間にあるのかもしれません。


時代状況としては、手元のパンフレットを読むと、アンソールが生まれた当時のベルギーは、独立したばかりで、フランドル地方の伝統とフランスの近代化の波が交差する活気にあふれた国だったようです。
左の絵などは、そういった人々の熱気に満ちた動きを見事にとらえている一方で、心なしか、それを遠くから眺めている画家の、憧れであふれた空虚な視線を画面の奥に感じる思いがします。
時代の動きに突き動かされ、狂乱する人々。
仮面をつけた出来の悪い人形を、無造作に積み上げていくアンソールの画風。
そこにあるのは、同時代の流行に対するユーモアとか批判精神などではなく、なにか自分の場所を見つけることができない疎外感のようなものを強く感じます。


そんなアンソールの屈折した眼差しは、近親の人々の死に色濃く影響されているように思います。
しかしながら、たしかに、人々を人形のように描いたり、自分すらガイコツとして絵の中に登場させたりするアンソールの絵画に、いわゆる「死」の暗いイメージはほとんどないように思います。
それは、死すらドラマチックな物語に回収してしまう常識的な価値観への強烈なアンチテーゼにも見えますし、また、死すらもひとつのオブジェとして描いていく絵画という芸術への、崇高なオマージュを見るような思いがしました。

世界は結局、仮面の世界なんだという諦念と、絵画という仮構の世界への信頼。
この矛盾する感情が、アンソールの作品にただならぬ奥行きを与えているのかもしれません。

2010/01/10

スピノザに還る


今月の「Magazine Littéraire」はスピノザ特集でした。
年明け一発目の雑誌レヴューは、これしかない!



スピノザと言えば、泣く子も黙る大陸合理主義哲学の中心人物、デカルトやライプニッツと並ぶ17世紀=「天才の世紀」の主人公です。
彼の哲学を一言でまとめるのはもちろん無理ですが、簡単に言ってしまえば、まず、「神即自然」という考えによって、神は人格的な創造者ではなく自然の創造性なのだ、と説きました。これは一見すると、神を物理的自然に置き換える無神論的な発想に思えますが、実は、物理的自然も含めた世界全体を産出する力として神を肯定する思想です。このような考えに従って、スピノザは神に授けられた能力としての自由意思を否定します。そもそも人間に何かを授けるような神は存在しません。ただ、人間の有限な思考が、その有限性を超えるレベルにまで高まれば、神と同じように、つまり何ものにも縛られずに、認識することができるとスピノザは考えます。この意味で、自由意思を否定しながらも、単純な決定論に陥るどころか、思考が自由であるための可能性を開いています。

こんな風に独特の仕方で「神」や「自由」の問題を扱うスピノザの哲学に、これまで多くの人々が魅せられ、それを解釈し、展開しようとしてきました。
本特集の冒頭にはこうあります。
スピノザはこれまでずっと、一筋の流星のように思われてきた。光輝き、そして孤立している、と。1960年代に知の舞台の中心に舞い戻り、そして今日、スピノザは、押し寄せる出版、解釈、そして活用の新しい波にさらされている。
 実際、主要著作の新しい版だけでなく、新しい視点からのアプローチが様々な書籍となって出版されているみたいです。
しかしながら、今回の特集でちょっと目を引くのは、ただ新しい方向性を声高に喧伝するというよりは、いったん腰を据えてテクストに立ち戻ろうよ、という雰囲気が、いろいろな記事の底流にあるという点です。1960年代を中心とするスピノザ・ブームが過ぎ去って、その次の世代の研究者たちが、先人の業績を引き継ぎつつ、今一度、スピノザの書いた文章そのものを捉え直していこうとしている様子が窺えます。

スピノザの主著である『エチカ』は、1677年にオランダ語版とラテン語版が出版されましたが、後者はその後も再版され修正され続け、1925年のいわゆるゲプハルト版に落ち着きます。しかしながら、17世紀当時のラテン語は、いろいろな文献との柔軟な横のつながりを考慮しないと正確には理解できないものらしく、その点で、今日流通しているゲプハルト版といえども問題を抱えているようです。
例えば、スピノザの時代に上演されていた、古代ローマの劇作家テレンティウスの作品への参照を行わなければうまく翻訳できないような箇所が数多くあります。おそらくこうした古典的素養の質の高さが、哲学的思想的な文脈を超えて、ゲーテやハイネらドイツロマン主義の文学者たちを虜にしたのでしょう。



スピノザといえば、『エチカ』における簡素で厳格な文体が有名です。そこから何か有益な情報を引き出そうと手に取ってみたものの、辟易するほどに抽象的な定義、公理、定理、証明、系とスピノザ自身による注釈が、実に無感動に連鎖していくのを追っていると、いったいいま自分は主体的に何かを考えているのか、それとも何か巨大な計算機の歯車の一部にでもなってしまったんじゃないか、といった感覚に襲われることがしばしばあります。しかし、そこには何か奥深い熱気のようなものに触れているというドキドキするような感触もあったり。その感じは、ちょうど抽象画を見ているときのものに近いかもしれません。(上の写真は、スピノザに関する記事に何気なく挿入されていた、カンディンスキーの「オレンジ」というリトグラフです。)

20世紀のスピノザ・ルネッサンスを牽引したジル・ドゥルーズはこう言います。
つまり、ちょうど二つの『エチカ』が共存しているようなのだ。ひとつは、命題・論証・系が連続して線や波をなしている『エチカ』。もうひとつは、注釈による不連続な『エチカ』で、こちらは折れ線、あるいは火山の連鎖を構成しているのだ。
完成された巨大な体系としてのスピノザ哲学。汲みつくせぬ思想の源泉としてのスピノザ哲学。読む人にとってそれぞれのスピノザが存在します。でも、その本当の魅力は、まだ明らかになっていないのかもしれません。これからも続いていくであろう文献研究の成果を、喜びとともに待つことにしましょう。

2010/01/01

謹賀新年



新年明けましておめでとうございます。

今年も、いや今年こそ、ブログの更新を継続していきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。

2009→2010の年明けは、エッフェル塔を見上げながら、過ごしてきました(左写真)。
と言うと優雅で格好よく聞こえますが、実際は、もうまさに「人で人を洗う」状態。留まっていたい人たちの中へ、良い場所に移動したい人たちの流れがぶつかっていっては砕け、また一つの流れを形成してぶつかっていっては砕け、…。
「♪通して、通して♪」とか歌いながら、あまり良い場所がないのか、行ったり来たりしている黒人の少年たちの一群がいたり、彼女とはぐれたのか、携帯電話を片手に右往左往してため息をついている青年がいたり、嵐の渦の中は悲喜こもごも。

エッフェル塔は最近、120周年記念企画として、夜一時間ごとに派手なイルミネーションで光り輝いているのですが、31日も、80年代風のディスコ・ミュージック(?)が鳴り響くなか、白、紫、青、緑、赤、等々、様々な色彩に衣装チェンジ。
ちょっと野暮ったい感じも、またパリらしくてよかったかな、と思います(笑)。

肝心の年越しの瞬間は、カウントダウンもなく、時報もなく、エッフェル塔のイルミネーションも特別に変化するわけでもなく、するっと到来。
「3・2・1…Happy New Year!」みたいなのを勝手に想像していたので、ちょっと、あれれ、という感じでしたが、こんなものなのでしょう。


そんなわけで、「ああ、年を越したな」といった特別な感慨は無くて、どちらかと言うと、様々な人間模様を眺めながら、自分たちもその渦の一部となって流されていくような、楽しいながらも実にあわただしい大晦日でした。
ですが、駅へと向かう荒波に揺られながら、すごく近くで花火が上がって、周りの人たちから大歓声が上がった瞬間に(右写真)、何となく、「本当に2010年が始まった」という感触が湧きあがって来ました。