2010/01/28

狂騒の外から:アンソール展


オルセー美術館にて、『ジェームズ・アンソール』展が行われています。
(2009年10月20日から2010年2月4日まで)


アンソールと聞くと、左の絵のような、不気味な、でもちょっと滑稽な絵を残した「仮面の画家」を思い出す人も多いかと思います。
でも、そのあまりに漫画的で、ある意味現代的な絵柄を見ていると、彼が1860年に生まれて主要な作品はほぼ20世紀が始まる前に描き終えていたという事実に驚かされます。

19世紀後半と言えば、パリでは「第一回印象派展」が催され、絵画の在り方が劇的に変化していく時期ですが、1880年にブリュッセルの王立アカデミーを辞めた後、故郷のオステンデに戻って、屋根裏部屋にこもり、独自の作風を練りあげていったアンソールは、こういった華やかな動きを外から眺めつつ、何を思ったのでしょうか。


並べられた彼の静物画や風景画を見ていると、そして彼のコメントを読んでいると、アンソールの、パリで一躍有名を馳せている画家たちよりも自分の方がすごいんだ、という強烈な自負を感じます。
また、みんなは馬鹿にするけれど自分の絵は本物なんだ、という孤独な信念も。
左の絵もそうですが、アンソールは意外なほど風景や静物を描いていて、彼独特の漫画的な画風も、突然ひらめいた思いつきなどではなく、伝統的な表現を模索する中で生まれてきたものなんだとつくづく思いました。そして、アンソールの本領は、もしかすると、喧騒を離れて、自然な孤独の中で、事物や風景と対面しているこの瞬間にあるのかもしれません。


時代状況としては、手元のパンフレットを読むと、アンソールが生まれた当時のベルギーは、独立したばかりで、フランドル地方の伝統とフランスの近代化の波が交差する活気にあふれた国だったようです。
左の絵などは、そういった人々の熱気に満ちた動きを見事にとらえている一方で、心なしか、それを遠くから眺めている画家の、憧れであふれた空虚な視線を画面の奥に感じる思いがします。
時代の動きに突き動かされ、狂乱する人々。
仮面をつけた出来の悪い人形を、無造作に積み上げていくアンソールの画風。
そこにあるのは、同時代の流行に対するユーモアとか批判精神などではなく、なにか自分の場所を見つけることができない疎外感のようなものを強く感じます。


そんなアンソールの屈折した眼差しは、近親の人々の死に色濃く影響されているように思います。
しかしながら、たしかに、人々を人形のように描いたり、自分すらガイコツとして絵の中に登場させたりするアンソールの絵画に、いわゆる「死」の暗いイメージはほとんどないように思います。
それは、死すらドラマチックな物語に回収してしまう常識的な価値観への強烈なアンチテーゼにも見えますし、また、死すらもひとつのオブジェとして描いていく絵画という芸術への、崇高なオマージュを見るような思いがしました。

世界は結局、仮面の世界なんだという諦念と、絵画という仮構の世界への信頼。
この矛盾する感情が、アンソールの作品にただならぬ奥行きを与えているのかもしれません。

2010/01/10

スピノザに還る


今月の「Magazine Littéraire」はスピノザ特集でした。
年明け一発目の雑誌レヴューは、これしかない!



スピノザと言えば、泣く子も黙る大陸合理主義哲学の中心人物、デカルトやライプニッツと並ぶ17世紀=「天才の世紀」の主人公です。
彼の哲学を一言でまとめるのはもちろん無理ですが、簡単に言ってしまえば、まず、「神即自然」という考えによって、神は人格的な創造者ではなく自然の創造性なのだ、と説きました。これは一見すると、神を物理的自然に置き換える無神論的な発想に思えますが、実は、物理的自然も含めた世界全体を産出する力として神を肯定する思想です。このような考えに従って、スピノザは神に授けられた能力としての自由意思を否定します。そもそも人間に何かを授けるような神は存在しません。ただ、人間の有限な思考が、その有限性を超えるレベルにまで高まれば、神と同じように、つまり何ものにも縛られずに、認識することができるとスピノザは考えます。この意味で、自由意思を否定しながらも、単純な決定論に陥るどころか、思考が自由であるための可能性を開いています。

こんな風に独特の仕方で「神」や「自由」の問題を扱うスピノザの哲学に、これまで多くの人々が魅せられ、それを解釈し、展開しようとしてきました。
本特集の冒頭にはこうあります。
スピノザはこれまでずっと、一筋の流星のように思われてきた。光輝き、そして孤立している、と。1960年代に知の舞台の中心に舞い戻り、そして今日、スピノザは、押し寄せる出版、解釈、そして活用の新しい波にさらされている。
 実際、主要著作の新しい版だけでなく、新しい視点からのアプローチが様々な書籍となって出版されているみたいです。
しかしながら、今回の特集でちょっと目を引くのは、ただ新しい方向性を声高に喧伝するというよりは、いったん腰を据えてテクストに立ち戻ろうよ、という雰囲気が、いろいろな記事の底流にあるという点です。1960年代を中心とするスピノザ・ブームが過ぎ去って、その次の世代の研究者たちが、先人の業績を引き継ぎつつ、今一度、スピノザの書いた文章そのものを捉え直していこうとしている様子が窺えます。

スピノザの主著である『エチカ』は、1677年にオランダ語版とラテン語版が出版されましたが、後者はその後も再版され修正され続け、1925年のいわゆるゲプハルト版に落ち着きます。しかしながら、17世紀当時のラテン語は、いろいろな文献との柔軟な横のつながりを考慮しないと正確には理解できないものらしく、その点で、今日流通しているゲプハルト版といえども問題を抱えているようです。
例えば、スピノザの時代に上演されていた、古代ローマの劇作家テレンティウスの作品への参照を行わなければうまく翻訳できないような箇所が数多くあります。おそらくこうした古典的素養の質の高さが、哲学的思想的な文脈を超えて、ゲーテやハイネらドイツロマン主義の文学者たちを虜にしたのでしょう。



スピノザといえば、『エチカ』における簡素で厳格な文体が有名です。そこから何か有益な情報を引き出そうと手に取ってみたものの、辟易するほどに抽象的な定義、公理、定理、証明、系とスピノザ自身による注釈が、実に無感動に連鎖していくのを追っていると、いったいいま自分は主体的に何かを考えているのか、それとも何か巨大な計算機の歯車の一部にでもなってしまったんじゃないか、といった感覚に襲われることがしばしばあります。しかし、そこには何か奥深い熱気のようなものに触れているというドキドキするような感触もあったり。その感じは、ちょうど抽象画を見ているときのものに近いかもしれません。(上の写真は、スピノザに関する記事に何気なく挿入されていた、カンディンスキーの「オレンジ」というリトグラフです。)

20世紀のスピノザ・ルネッサンスを牽引したジル・ドゥルーズはこう言います。
つまり、ちょうど二つの『エチカ』が共存しているようなのだ。ひとつは、命題・論証・系が連続して線や波をなしている『エチカ』。もうひとつは、注釈による不連続な『エチカ』で、こちらは折れ線、あるいは火山の連鎖を構成しているのだ。
完成された巨大な体系としてのスピノザ哲学。汲みつくせぬ思想の源泉としてのスピノザ哲学。読む人にとってそれぞれのスピノザが存在します。でも、その本当の魅力は、まだ明らかになっていないのかもしれません。これからも続いていくであろう文献研究の成果を、喜びとともに待つことにしましょう。

2010/01/01

謹賀新年



新年明けましておめでとうございます。

今年も、いや今年こそ、ブログの更新を継続していきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。

2009→2010の年明けは、エッフェル塔を見上げながら、過ごしてきました(左写真)。
と言うと優雅で格好よく聞こえますが、実際は、もうまさに「人で人を洗う」状態。留まっていたい人たちの中へ、良い場所に移動したい人たちの流れがぶつかっていっては砕け、また一つの流れを形成してぶつかっていっては砕け、…。
「♪通して、通して♪」とか歌いながら、あまり良い場所がないのか、行ったり来たりしている黒人の少年たちの一群がいたり、彼女とはぐれたのか、携帯電話を片手に右往左往してため息をついている青年がいたり、嵐の渦の中は悲喜こもごも。

エッフェル塔は最近、120周年記念企画として、夜一時間ごとに派手なイルミネーションで光り輝いているのですが、31日も、80年代風のディスコ・ミュージック(?)が鳴り響くなか、白、紫、青、緑、赤、等々、様々な色彩に衣装チェンジ。
ちょっと野暮ったい感じも、またパリらしくてよかったかな、と思います(笑)。

肝心の年越しの瞬間は、カウントダウンもなく、時報もなく、エッフェル塔のイルミネーションも特別に変化するわけでもなく、するっと到来。
「3・2・1…Happy New Year!」みたいなのを勝手に想像していたので、ちょっと、あれれ、という感じでしたが、こんなものなのでしょう。


そんなわけで、「ああ、年を越したな」といった特別な感慨は無くて、どちらかと言うと、様々な人間模様を眺めながら、自分たちもその渦の一部となって流されていくような、楽しいながらも実にあわただしい大晦日でした。
ですが、駅へと向かう荒波に揺られながら、すごく近くで花火が上がって、周りの人たちから大歓声が上がった瞬間に(右写真)、何となく、「本当に2010年が始まった」という感触が湧きあがって来ました。