2012/04/05

変化を見ることーベレニス・アボット

Jeu de Paume 美術館で開かれている、
『Berenice Abott(1898‐1991)Photographies』に行ってきました。

ニューヨークとパリを跨いで活躍した写真家だけあって、
平日にもかかわらず長蛇の列ができるほどの人気でした。

ベレニス・アボットはアメリカの女性写真家で、
「Changing New York」という1930年代のマンハッタンを写したシリーズで有名です。


都市の写真家といえば、
20世紀初頭のパリを写したウジェーヌ・アジェ(Jean-Eugene Atget,1857-1927)が有名ですが、
アボットは晩年のアジェに会い、その際に撮ったポートレートも展示されていました。
彼女にとって、アジェの作品群は、都市を写真に収める際のお手本のようなものだったようです。


とはいえ、アジェの写真(上)が比較的静かな風景なのに対し、
アボットの写真(下)からは、日々刻々と変化しつつある都市のノイズが響いてくるようです。


20世紀を横断するアボットの人生は、
同時に、科学技術が戦争に向かって爆発的に展開していく時期でもあり、
世界が人工的な光に満ち溢れていく時代でもあります。

自ら「光があまりなかった」と語る出生地(オハイオ州)から、
30年代のマンハッタン、50年代のMITにおける科学実験撮影に至るまで、
世界はますます「可視化」されていきます。

それはとりもなおさず、写真撮影が簡略化し一般化して行く過程でもあります。
視覚そのものが急激に変化した時代といってもいいでしょう。
彼女が残した作品群には、そういった根本的な変化の爪痕を感じることができます。


アボットは1921年にヨーロッパに渡り、1923年からマン・レイのもとで写真を始めます。
写真だけではなく、彼女の人生そのものが、この時代のパリの活気を表しています。

初期の仕事は主にポートレイト作品です。
下の写真などは、ジャン・コクトー独特の遊び心と、
写真を含めたアート作品の軽さ(生)と儚さ(死)を見事に切り取っているように感じます。


アボット自身が良く撮れていると語っていたのは、ジェイムズ・ジョイスのポートレイトです。
『ユリシーズ』等の作品を書き終え、おそらくすでに『フィネガンズ・ウェイク』執筆に入っていた時期の作家の、
奇妙に空虚で索莫とした表情が印象的です。
絶対的に閉じた砂漠の中で、誰にも見られることのない模様を延々と描き続けているような、
人間の生存空間を越え出て、音の無い空間で何かを語っているような、そんな表情に見えます。


アボットのポートレイトには、何か切迫したものを感じます。
それは彼女自身や写っている人物の個性というだけではなく、
全ての出会いに共通する、その瞬間、その場所にいることのかけがえの無さみたいなものではないでしょうか。

「誰がいつ撮っても同じ写真」を「今、私にしか撮れない写真」に変えてしまう力。
偶然の寄せ集めにすぎない日常の一瞬を、絶対的で必然的な風景に変えてしまう力。

アボットのこういった力は、ニューヨークの街並みを撮る際に、
最大限に発揮されたと言えるでしょう。

とりわけ、印象的だったのは、俯瞰からの構図です。
天高くそびえるビル群を、さらに上方からの視点で捉えることによって、
無限に高度を増していくジェットコースターのような乗り物から眺めた風景の一瞬を切り取っているかのようです。


アボットの写真からは、成長をやめない技術社会の素晴らしさといったものではなく、
奇妙な言い方ですが、現代社会が定まった風景を持たない世界であることを感じさせられます。

今見ているこの風景も、明日には全く違った風景へと変貌しているかもしれない。
今すべてを見下ろしているこの地点も、明日には別の建物に見下ろされているかもしれない。
技術に対する礼賛も嫌悪もなく、ただ恐るべきクールさでそれを眺めること。
アボットのまなざしには、風景に対する人間的な感傷を凍結させるような威力があります。


1950年代に、アボットは科学実験写真にアプローチします。
それは、彼女の科学技術に対する深い関心を証明すると同時に、
まるで、ポートレイトや都市風景のなかに求めていたものを、
今度は抽象的風景の中で模索する彼女の姿を見ているようでもあります。

上のニューヨークの夜景と下の写真の間には、
モチーフを越えた不思議な「近さ」があるように思います。
もはや具体的な風景や物の形を写すのではなく、
世界を横断する「構造」に手を伸ばそうとするような…。


出会いを必然に変えるポートレイト。
変化そのものを冷徹に切り取る都市風景写真。
科学技術と一体化したまなざしとしての実験写真。
アボットの眼は、こうしてますます先鋭化していったのでしょう。

その一方で、1950年代には「ルート1」を巡る作品があります。
ニューヨークを貫いて南北に走るこの国道の旅は、
アボットが故郷に戻っていく旅のようでもあります。


他の作品に比べると、どこか牧歌的な雰囲気が漂っています。
とはいえ、ここでも、問題なのは昔を懐かしがることではなく、
1954年の風景をそのまま切りだすことにあるように思います。
そこにはいかなる感傷もなく、ただ瞬間だけが過ぎていくような。

アボットの写真には独特の距離感がります。
というか、対象との距離を極端に縮めてしまうような魔力があります。
そこには感傷的な要素は感じられません。
しかしそれは無感動というわけではなく、
むしろ、変化というものに対する絶大な感動でもあるような気がします。
そして彼女のその感動は、人間の奥深い所で鳴り響いている太古のイメージなのではないでしょうか。

2012/03/31

耳を切り裂き、切迫するもの。言葉。

先月の29日からパリでも公開されている「Extrmrly Loud & Incredibly Close」を観てきました。
詳しいレヴューはこちらをどうぞ。
http://blog.goo.ne.jp/barriosmangre/e/65dc40050c10726dcf06f30562f08030


9.11を題材にした映画ということで、
興味深いと同時に、少し構えてしまう所もありましたが、
実際に観てみると、ヒューマン・ドラマ的な色彩が強く、意外にすんなり入り込めました。

多くの犠牲者を伴う大事件も、
骨格としては、僕らが生きている日常的な世界の一場面だし、
日々の些細な出来事のなかには、歴史的大事件と同じくらいの危機や混乱が含まれているのかも
知れないなと感じました。

上で紹介したブログでは、「鍵」をめぐる考察が目を引きます。
実際、この映画は鍵が主人公といっても良いかもしれません。

閉ざした扉を開ける、という行為は、
物語の開幕を告げるイメージもありますが、
と同時に、別の物語に向けて現在の物語を終幕させるようなイメージもあります。

また、鍵は一組の対(鍵穴と鍵)を想起させますが、、
その対が切り離されて、それぞれ別の場所に保管されることを前提にしています。
それはあたかも、一組のカップル、一組の人間関係のなかには、
二つの存在を結び付ける要素と、それを引き離す要素が常に混在しているという事実を
示唆しているようです。

連想ついでに言っておくと、鍵自身には特別な価値がなくても、
それが守っているものは、基本的には何らかの価値のあるものです。
そのことから、鍵はどこか、資本や言語を想わせるものがあります。
お金も言葉も、それ自体の価値よりも、それが流通することによって生まれる
剰余価値で成立していますが、鍵もまた、それ自体の金額よりも、
それが鍵穴と結びついたり離れたりすることによって、
箱の中に保管された大事なものを目に見えるようにしたり、
あるいは、永遠に手の届かないものにしてしまいもします。

映画の話に戻りますが、ネタばれ注意です。
これから観る予定のある方は、ご注意を。


ごく大まかに言って、この映画は、
オスカー少年と9.11事件で命を落としたその父との失われた関係を中心にしつつ、
事件後に生きる人々の関係性を描いたものだと言えます。

失われた関係と書きましたが、
オスカーの父と祖父に当たる人物(「間借り人」)との間の関係も、
事件によって永遠に断たれています。
しゃべりまくる少年と言葉を失った老人とに対比は、
まさにこの二人が、同じ「鍵穴」を求める一つの存在であり、その影であることを示唆しています。

オスカー・父、父・祖父の関係が死んだ関係だとするなら、
オスカーと母の関係は、対照的に、生きた関係と言えるでしょう。
物語の最終盤で、彼女がオスカーの冒険を先回りしていたことが明かされますが、
互いが追いつ追われつ、そういった暗中模索の中で、絆を深めていくのでしょう。

以上の比較的太いラインとは別に、もっと細かい関係も描かれています。
とくに、二つのカップル。
祖母と祖父、アビィとその彼氏(元夫)。
それぞれの関係は、とても不安定ですが、不安定さの中で、
互いの存在の重要性を見つめ直し合っているのでしょう。

物語を構成するこれらの関係群のなかにあって、
唯一父と母の関係は極めて愛情に溢れた安定的なものとして描かれていますが、
これは、その関係がすでに終わったものだからだと思われます。
逆に言えば、生きた関係性は、つねに不安定性の中でゆらめいているようです。


オスカーは非常に多感な少年で、世界全体の「近さ」を肌で感じつつ、
それと折り合いを付けることができないでいます(アスペルガー症候群という言及もあります)。
父は彼にとって、極度に不安定な世界を落ち着かせるための唯一の「鍵」だったのでしょう。

その鍵が9.11という不条理を極める事件によって暴力的に奪われてしまう所から、
少年の冒険(目的がほぼ達成不可能な点から言えば、彷徨に近いような旅ですが)が始まります。

鍵穴を欠いた鍵は、父を失ったオスカー自身でもあり、
安定性を欠いた不条理きわまる世界の象徴でもあります。
欠損が少年を駆り立て、物語を展開させ、人々を巻き込みつつ、
最後には、小さな「真実」(父がそっと隠しておいた「答え」)に導きます。

失われた鍵を、元の鍵穴に戻すこと。
無数に存在する錠前の中から一致するものを探し出すことの不可能性。
ビルから飛び降りた父を、フィルムの逆回しのように、元の場所に戻すこと。
無理難題を自分に課すことは、ある意味では少年の自傷行為であり、
自らに与えた罰によって、罪を償おうとする行為なのではないでしょうか。

罪とは何か。それは、父からの最後の電話に出なかったことです。
真のコミュニケーションの不可能性とでも言えばいいのでしょうか。
最も致命的な瞬間に、あるいは最も大事な瞬間に、
最も伝えたい人、伝えねばならない人に、言葉が届かないという事実。

その意味では「間借り人=祖父」の存在、
とりわけ彼が言葉を発することを拒絶しているという点が意味深いです。
それは、言葉を自らに禁ずるという自傷行為なのかもしれません。
あるいは言葉は、不安定に揺れ動く人々の関係性の中で、
その不安定性を取り除くどころか、むしろ加速させてしまうのではないでしょうか。
人は話せば話すほど、互いに遠ざかり、
本来なら互いに結び付くことでしか開かない箱を、
無理やり、暴力的で破壊的な方法で、台無しにしてしまうのではないか。
口をもごもごさせながら、必要なことを小さな紙に書くことでしか意思の疎通を行わない老人の姿には、
そういった哀愁のようなものを感じます。
そしてその哀愁が、彼を世界に近づけている気もします。

影的な存在である「間借り人」とは対照的に、
オスカーは、むしろとことん言葉を発することで、世界との折り合いを見つけ出そうとしているようです。
手元に残された一個の鍵だけを頼りに、彼はほとんど無謀な仕方で、鍵穴を探す旅に出ます。
それはまるで、うるさく迫ってくる世界に、さらに言葉をぶつけていこうとしているかのような、
ほとんど狂気じみた、そういう意味では非常に子供らしい態度だと言えるでしょう。
目には目を、言葉には言葉を、そして不条理には不条理を。
言葉に傷つき、言葉に背を向けながら、世界の傍らで生きていく老人。
言葉を闇雲に投げつけ、世界の真ん中に飛び込み、そこでもがきながら成長していく少年。
どちらも、同じひとつの、おそらくは永遠に手に入らない鍵穴を求めて。

この映画からは、
「人間的成長」や「苦難を乗り越える愛情」とか、そういった紋切り型よりも、
暗闇の中で叫びながら、あやふやな世界の中でもがきつづける人間、
言葉を話すことを宿命づけられた動物たる人間の、生々しく荒々しい息遣いを感じました。

日々コミュニケーションの問題に悩まない人はおらず、
そう諭されてもなかなか納得いかないものですが、
それでも言葉を語ると言うことに秘められた情念(パッション=受難)は、忘れずにいたいものです。